斎藤実と日本海海戦

 若き海軍青年将校、斎藤実は、今を去る110年前、1万トンを超える軍艦建造注文のため英国に赴きました。日露関係が風雲急を告げるとき、帝国海軍はバルチック艦隊を迎え撃つ準備を開始していました。これを受けたロシア海軍は、自分等もそれを超える大形軍艦建造をと画策しました。

 ところがいざ開戦出航の段になってみると、当時、1万トンを超える船舶はスエズ運河を航行出来ないことに気が付いたのですが、とき既に遅し。大型艦のアフリカ南端・喜望峰まわりを余儀なくされたバルチック艦隊は、3週間も余計に費やして対馬海峡に差し掛かったときはロシア水兵さん疲労困憊、東郷平八郎提督率いる日本海軍の軍門に降ることとなったのです。

 ロシア海軍は斎藤実の知恵にだまされた結果となり、斎藤はその後、総理大臣になりました。当時、ロシアはシベリアを掌中に収めるだけでは飽き足らず、満州、朝鮮半島にまで触手を伸ばそうとしていました。その後の今日に至るロシアの東進については、ご承知のとおりです。


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