福島県の被災地に緊急支援物資の搬送と視察を行いました。

20日、福島県の被災地に救援物資を搬送するために現地を訪問しました。災害直後の現地入りに関しては、市町村の業務が集中し混乱している中で、善意がかえって迷惑になる可能性もあり、慎重な方針でしたが、自己完結型訪問で現地に迷惑をかけないこと、要請されている支援物資が確保できる目処がついたことから、決行しました。議員4名、支援スタッフ5名の計9名体制でマイクロバスと3トントラックに水・パン・下着・衣類・カイロ等を満載し、午前7時に永田町を出発しました。東北自動車道は上下とも交通量は少なく自衛隊の車両、支援物資搬送車両が多く、矢板以降は緊急車両以外通行禁止でした。緊急時で己む得ない面もありますが、通行許可の基準は緩和すべきであると思います。
まず最初に、陸上自衛隊福島駐屯地を訪問。全国から集合している自衛隊の活動についてお聞きしました。施設部隊で現況を確認したところ長期戦を覚悟しているとの事。津波被害のため水が引かないなど神戸震災よりも復旧により長い時間を要するとの認識でした。
次に福島県庁を訪ね、佐藤雄平知事、福島県庁生活環境部災害対策課長小松氏らから説明を受けました。総括すると、政府の原発に対する初動、放水のタイミングと情報発信の遅れによる風評被害が指摘されました。ガソリン、軽油、灯油の不足により、職員の出勤あるいは、救援物資の各被災地への配布すらできないことが一番の課題であり、早期解決を要望されました。また風評被害でタンクローリーの運転手が確保できていない可能性も指摘されました。福島原発から30キロ圏内に約14万人の方がお住まいです。既に多くの住民が避難していますが、残っている住民の生活支援が不足している中で、やはりガソリン不足が生活支援のボトルネックになっていることが再確認されました。
次に相馬市災害対策本部及び被災地を訪問。救援物資を中村第一小学校に届けました。この小学校建設後2週間の新しい校舎ということもあり、水道、電力はすぐに復旧し、携帯電話も昨日通じるなど、避難場所としては一定の環境です。しかし、例えばお風呂の確保すらできない、プライバシーは一切ない過酷な環境です。
その後、相馬市相馬港と南相馬市の津波被害の爪痕を視察しました。ショックを受けたというのが率直な感想です。水が引かないと復旧作業ができず、特別なポンプのような物で排水しなければなかなか工事が始められません。復旧へ向けた具体的な要望もいただきました。次に訪れた新地町役場の加藤町長からは、日本全国からの物心両面の支援が、自分達の勇気に繋がる。既に家を流された被災者が自主的に復旧作業を開始している。町長は必ず復興させるとの強い決意を示されました。復興には自治体だけでは限界があります。国に強い支援要請がありました。
支援物資の搬送、視察、情報収集を終え、深夜帰京しました。ガソリン不足をはじめとした問題につき、帰途バスの中で4名の議員で協議し、取り急ぎ、電話ベースで関係者に報告、相談、指示を行いました。
最後に被災された皆様にお見舞いを申し上げると同時に、被災されながら助け合っている皆様、過酷な環境で人命救助、復興に努めている皆様に改めて感謝と敬意を表します。

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