本日発売の東洋経済。三菱特集で取材を受け記事で取り上げていただいた。

父、祖父、曾祖父と三代続けての役人で三菱とは縁がなかったが、出身の成蹊学園が三菱と縁が深かったのと東京三菱銀行で12年間お世話になったので愛着は強い。

岩崎家当主だった岩崎寛彌が三菱銀行の先輩で両親と仲が良かったので可愛がってもらった。魅力的な方だった。
就職の時に三菱銀行に入りたいと挨拶に行ったらおまえは三年以内に絶対に銀行を辞める。銀行は本当につまらないから。銀行の役員をやっている俺が言うのだから間違いないと。バブル絶頂期で三菱地所は?と聞いたら、(丸の内の大家として)仕事をしなければしないほど儲かる珍しい会社だ。サボってしまうからダメだと。俺が立派な経営者を紹介するからそこに丁稚に出ろ。いやいやと押し問答をしていたら、その場で後に副頭取になった役員に電話をして丸ビルから銀行本社に挨拶に行って、その役員が銀行に入るか今ここで決めろと。

三菱銀行に12年間勤めた後に外資系投資銀行に転職の挨拶に行ったらほら辞めただろうと言われた。おい、お金持ちはお金持ちの言うことしか信用しないぞ。お前は金なんか持っていないだろ。お前の言うことは本物のお金持ちは聞かないから上手くいかない。

選挙に出るために小沢一郎代表のところに挨拶に行って公認待ちの頃に寛彌氏へ挨拶に行ったら、ダメだ、福田(当時の首相)はバカだ、小沢(当時の野党代表)は嫌いだ。やめておけ。仮に当選できても何もできない。どうしても出たいなら一回は無所属で出て自分のやりたいことを全て明らかにして一回落選してから二回目はどこかの政党に属しても良い。お金は俺が面倒見るから無所属で出ろと。公認の内々定の通知をもらって挨拶に行こうとしたら5日後に寛彌氏は亡くなってしまった。

寛彌氏が三菱銀行の頭取になっていたらどのような三菱グループになっていたのか時々想像する。