2013年1月8日(火)
【新年のご挨拶】
 旧年中は大変お世話になりました。心から深く感謝申し上げます。

 フェイスブックでの扱いは曖昧ですが、ツイッタ-など不特定多数の方宛に選挙の御礼は制約があり、御礼並びに私の力不足で落選のお詫びはしませんのでご容赦ください。

【選挙後の近況】
 基本的には次期衆議院選挙に向けて捲土重来を期すべく、投票結果が判明直後から活動を開始しています。具体的には、①支援してくださった方への御礼並びにお詫びの挨拶、
②翌日から駅頭の再開、③投票直後の朝食勉強会(選挙のために12月18日に変更)、④事務所体制の変更。永田町事務所、石神井選挙事務所の撤退。練馬事務所は従来通り区役所前に維持(電話も住所も不変で03-5999-5001、練馬区豊玉北6-13-3)、⑤基本的に解散時点で私を含め全員が失職しており事務所スタッフの再就職。6名の秘書がいたが、3名が残ってくれて(内1人は週半分)、2名が他の代議士の公設秘書、1名は支援者の方に乞われて就職、1名は当初の本人の予定通り選挙後に充電のために退職。私が世話するまでもなく順調に全員が決まり安堵、皆様に感謝、⑥活動を続けるために経済基盤の立て直し(寄付、朝食勉強会、仕事他)。新聞の定期講読などあらゆるコスト削減、⑦初詣、新年の各種イベントに参加。ただし、例年200-300件を超える新年会は会費負担が2百万円を超えるために経済基盤が確立できるまでは会費のかかる会は大幅に制限、⑧ブログ、Twitter、フェイスブック、メルマガ、FAX サービスなどによる情報発信と名簿整理(メールアドレスやFAX番号教えてください)、⑨以上は
当面の活動だが、捲土重来とは、体制を立て直し土が巻き上がるくらい勢いを出すということ。短期、中期、長期と分けて戦略を練り直し。

【選挙の総括】
 大敗の原因は未だ十分に分析できていませんが、私の考えは以下のとおりです。
-民主党で当選しながら民主党として政治を根本から変えるという期待に応えられなかった。
-マニフェストに関しては財源の問題を中心に乱暴であった面もあるが、理念までも安易に捨ててしまった(と多くの方に思われてしまった)
-賛否については分かれるが、国論を二分するような重要政策である消費増税、原発、TPPなど
マニフェストにも載せていないものを押し進めるにはあまりにも稚拙な党内議論や運営。一方で議員定数や行政改革、デフレ脱却、更には社会保障の一体改革と言いながら将来図は示さずに増税だけを先行させた。
-私は4月に離党し、離党理由の説明の機会を頂いた方には一定の理解は得られたが、多くの有権者に浸透できなかった。政治は数が力であり、党を割った私も大いに反省するところであるが、これだけ大勢の議員を離党を強いた党運営にも反省を促したい。
-解散後に国民の生活に入党し、その1週間後に未来の党に変更になり、有権者に訴える時間がなかった。
-嘉田代表が、原発再稼働容認と誤解される発言と比例名簿提出時のゴタゴタで小沢一郎氏の傀儡というネガティブな印象を持たれた。
-第三極が割れ、自民党、民主党で4割の票しか獲得していないにも関わらず、第三極での調整ができなかったことが自民党の一人勝ちを許してしまった。

【今後について】
-未来の党と生活の分党はわかりにくい。正直なところ良くわからない。元々生活に入党しており、生活として活動して参ります。
-こうした政治的な動きの前に、丁寧に自分の考えを説明して参ります。
-今年の7月に参議院選挙並びに都議会選挙があります。第三極が分裂したままでは、自民党が大勝するでしょう。第三極は統治機構改革、消費税、原発問題など政策の共通項も多く、政策を一致させた上で選挙協力に向けた戦略が必要だと認識しています。
-「日本の選択」という政策勉強会を昨年の10月に立ち上げており、2050年の日本の将来図を描きながら、2020年までに日本の選択について、じっくりと行動計画を練り直して参ります。昨年10月26日の私のブログをご覧ください。

 捲土重来とか再起とか言っても仕方がないと思っています。再起へ向けた具体的な再起動計画をお示ししながら信頼回復に努めて参ります。

 本年もどうぞよろしくお願いいたします。

  木内孝胤
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