新型コロナ騒動で、イベントや会合の自粛・延期・中止、生活する上での不都合、商売上のダメージなどある中でのご報告となり心苦しく感じています。健康面では油断することなく万全の対策をして、過剰な自粛が経済の停滞という二次災害とならぬよう、淡々と生活していくことを心がけながら皆様と乗り越えて参りたいと思います。

2017年10月に落選して以降多くの仲間に親切にしていただきました。私の投資銀行での経験や付加価値というよりも政治を頑張ってほしいと会社の顧問や役員にしてくださったりしているのではと感じることもありました。SNSではやや誇張して頑張っているぞという強がったメッセージを発することもありますが、苦しい時をお支えいただきました雨天の友に改めて感謝申し上げます。

何故政治家を志したか聞かれることがあります。具体的なエピソードで雷に打たれるようにという話はありませんが、東京三菱銀行の頃にロンドンにいた経験とこの春大学を卒業する娘が生まれたことなのかなと思い返すことがあります。ロンドンには小5が中1の3年間現地の寄宿舎の学校に通っていました。8人部屋、6人部屋の寄宿舎生活は楽しい思い出ばかり。一方で英国病と言われるストで給食がなくなり、電車は止まり。どんよりとした天気も加わり子供ながらに深刻な様子を感じ取っていました。そこに鉄の女サッチャーが颯爽と登場。最初は不人気であったがあのストライキと対峙しながら新しい空気は感じさせるものでした。
その後1992年からデュッセルドルフに2年9ヶ月、1995年からロンドンに4年半いたが、英国病から見事に復活したロンドンが。メシの不味いドイツから行ったというのもあったかもしれないがまずごはんが劇的に美味しくなっていた。社長が変わっただけで会社は変わるということを既に知っていた自分は、国はトップが変わると劇的に変わること目の当たりに。
海外にいると日本を相対化して見る癖が。何となく日本を背負っている錯覚に。冷戦終結、東西ドイツ統一後のドイツ、新しい時代に向けて地殻変動の欧州や景気の良かった英国とは裏腹に、1990年代後半に日本が衰退していることを実感し始めた。
小沢一郎の日本改造計画。細川護煕の日本新党。国は変わると期待したが権力維持装置の自民党は手強かった。自民党が良い方向に変われば良かったのだがそうはならずに。
95年に結婚、97年に娘が生まれ、衰退国家日本について思うところが芽生えた。
99年に帰国し花形の営業本部に配属。実力もあったと思いたいが創業家の一族だから恵まれているよなと冷めている自分が。ロンドンでは英国の投資銀行と仕事をして軽いタッチで声をかけられたりもしていた。はとこがゴールドマンでパートナー。姉もモルガンスタンレー。仲間の腕自慢は外資に。ロンドンでは腕に自信があったが本社相手の仕事は違う。儲けて自信がついたら外資に移りたいなと。
この頃衰退国家日本をターンアラウンドさせたいと思った。ジバン・カンバン・ガバンがないとダメだと。そこで外資系で稼いでから政治を目指せば良いと。

2001年の銀行屋から株屋への転換は楽ではなかった。入社した途端ITバブルが崩壊、80名くらいいた投資銀行部の30名くらいがクビに。ロシアンルーレットの気分に。そろそろクビかなと思っていたら、綜合警備保障(ALSOK)のIPOがとれて首の皮一枚。政治や産業再編だのどころではなくクビにならないようにガムシャラに数年働いていたらりそなへの資本注入あたりから景気が良くなり、優秀な高給取りのバンカーはクビでいなくなっていたのでトントン拍子でマネージングディレクターに。調子に乗って余裕かまして政治など忘れていた頃に大好きだった小沢一郎が党首に。その後参議院選挙も勝利。浅尾慶一郎議員の政治パーティーに出ていた時に石井一先生と会い、田中角栄つながりで父(秘書官(のことも知っていたのでそこからトントン拍子で公認に。

小さい政府には、人口当たりの公務員の数が少ないとか無駄遣いを減らして効率的で予算も小さいという意味もある。規制を改革して産業の新陳代謝を通じてイノベーションを起こし生産性を上げるという意味もある。小沢一郎先生の日本改造計画がこれに近いと思う。理念としては石橋湛山先生の自由主義も。

平成の時代は残念ながら30年間ゼロ成長。ベルリンの壁の崩壊、東西冷戦の終結。新しい世界地図に大きく変わる中で、バブルで好景気の日本が世界を良い方向にリードする好機であった。
自民党は戦後大きな役割を果たしたが、対共産党であれば経済政策、社会政策などあらゆる面で、権力維持をするためならば節操なく妥協することを許されてきたDNAが存在する。新しい世界地図に向けてヴィジョンを示すのではなく漂流を続け、権力維持装置として必要な改革を先送りしてきた結果が30年間のゼロ成長と衰退国家日本である。

日本新党、新進党、さきがけ、民主党、自由党、みんな、維新、希望など。沢山の政党が誕生した。いまこそ、自由主義を再興させるべきだと思っています。

穏健で中道の保守。現実的で平和主義の外交安全保障。自由主義経済。社会政策はリベラル。

自由主義の意味の中には不断の行政改革の意味は含まれてはいるが、産業の新陳代謝やイノベーションを重視する
自由主義を重要視する立場。
日本維新の会は、大阪で府議会の定数を108から88に減らし、知事・市長報酬や退職金を先頭切って減らす身を切る改革の有言実行、その上で二重行政の廃止を含めた予算の無駄遣いの削減を断行。小さい政府というと弱肉強食のイメージもあるが、維新は無駄遣いを削減して捻出した資金で教育無償化や給食無償化も実現させてきた温かみのある自由主義。
マクロ経済政策も経済ブレーンの支援も得ながら一貫して適切な経済政策。積極財政への転換、適切な金融政策の実施は当然だが、生産性を向上させる施策はあるがしがらみだらけで実行に移せない自民党に代わり政策を前に進め所得を1.5倍増し活力を取り戻して参りたい。

企業団体献金禁止と言うとパフォーマンスかと言われることもあるが、結局これがしがらみを生んで、多くの政党は公約が良くても実行できないのは献金のしがらみがあるから。国政は与党ではないので議員報酬は自主的に2割返納を実施中。これも正に有言実行。

2014年に維新で当選しながらその後たもとを分かった。復帰するにあたり当然批判的な声がある中で受けて入れてくれた寛容な関係者みんなに感謝したい。

感謝の気持ちを忘れずに謙虚に頑張って参ります。よろしくご指導お願いいたします。
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